日本列島縦断4,400km
日本最南端・沖縄県波照間島〜日本最北端・北海道宗谷岬
1997年5月31日、アラスカで知り合った本郷雅則を相棒に、有人島での日本最南端である沖縄県波照間島をタンデムシーカヤックで出発し、日本最北端である北海道宗谷岬をシーカヤックのみの単独(搬送船等を伴なわずに)で目指した。
この年はとにかく台風の当たり年で、スタート直前の波照間島では、5月下旬にも関わらず早くも台風5号の影響で停滞を余儀なくされた。延べ日数223日間を費やしたこの旅の最中に通過した台風は14を数え、とにかく台風には悩まされ続けた。
そして天候の他にも幾つかの難関が待っていた。出発から1ヶ月後には最初の難関である『池間島〜久米島間230km横断』、更にその1ヶ月後には奄美大島からトカラ列島への入り口である最初の島への横断『宝島90km』、そして海流である黒潮が横切る『トカラ列島横断』だった。
8月中旬、念願であった本土最南端である鹿児島県佐多岬に到着。その後、2度台風で進路を阻まれたが、それでもこの年の気象条件を考えると比較的順調に前進することができたと思う。しかし10月10日、千葉県太東港でこの旅を終えることになる。台風の影響で予定よりもはるかにペースが遅れていたこともあったが、もう一つの理由に、このチームでの旅を続けていくことに限界を感じ始めていたからだ。様々な要因が考えられたが、『お互いのスタイルの違い』が大きな原因であったように思う。ゴールは同じ場所でも、そこに辿り着くまでの手段や方法は千差万別であるということだ。海に対する考え方や旅への価値観、そして体力差等が明らかに違えば、時間が経過すればそれは顕著に表れてくる。話し合った結果、お互いの最良の選択として太東で旅を終えることにした。そして同時に、宗谷岬までを一人で漕ぐことの準備を開始することになる。
翌年の1998年4月19日、千葉県太東港からシングルカヤックで再出発。出発前の予想通りで約3ヶ月間を費やし7月17日、最北端である宗谷岬に到着することができた。この北日本では台風で停滞させられることも無く、やり残した仕事をやり終えるといった感じで宗谷岬までの旅を楽しんだというのが正直な気持ちだったように思う。精神的にもかなり余裕があった。正直言って、さほど感動的なゴールではなかった。それでも宗谷岬に到着すると、今まで自分の中にあった緊張感が無くなって、良い意味で何もする気が起きなかった。アラスカからずっと想い続けていた『海を旅する』がようやく形になったからだ。
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